父・叔父・母のこと

父、母、叔父に関するブログ

 

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母の代弁

ここの所、間違いなく夢の中で恭平、ジュディー、さくらと会っている。

ただ、内容を全く覚えていない。喜んでいるのか悲しんでいるのか、嬉しいのかという感情もほとんど覚えていないが当たり前のことのように3匹に会っているような感じがする。

 

 

夢と言えば、数日前に母の仏壇にお参りに行ってきた。

訳があって簡単には仏壇にお参りできない状態になっていて、やっとお参りできたのだ。その時、母の15歳からの友人のHさんも一緒に出掛けた。

仏壇を目の前に、泣き崩れた。

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治療再開

叔父が一時期中止していた抗がん剤治療を再開することにした。

半年続けると休んでもいい、と主治医に言われているらしく再開するときには

「半年頑張るんだ」と言う。

しかし、副作用が辛くなると半年は継続していられなくなり時には4、5か月で中止するときもあるらしい。継続期間が徐徐に短くなってきていて、3か月で中止と言うときもあるようだ。

それでも良いと思う。叔父にとって治療をすると言う事は「命がつながるかもしれない」という生への望みのようなものになっているため、生きられる安心感を持てるらしい。

タクティールケア

スウェーデンで開発された「タクティールケア」

未熟児をそっとなでると体温が安定して体重が増えることに気付き、そこからタクティールケアが始まったと言う。

現在日本でもタクティールケアを普及させる団体がある。

 

 

タクティールというのは「なでる」という意味があるようだが、この方法の他に手を当てて癒やしを与える「ヒーリング」というものもある。

叔父

前に、叔父の携帯に電話をしたとき叔父は出なかった。

着歴を見ればかけてくるかもと思ったが、それもなかった。

数日前にも、叔父の携帯に電話してみた。

出なかった。

かかってくることもなかった。

昨日は、家に電話をしてみた。元気そうな叔母の声が私を安心させた。

叔父のファックス

叔父とは随分前にはファックスでやり取りをすることが多かった。その中の一枚を本棚から見つけた。2009年の記事であるが、それより随分前に書かれたファックスだ。その内容に「まだ未練があるから頑張る」と叔父が書いてあったが、私は「今の叔父は十分頑張っている」と思ったのだった。

うそでしょ? 玄関に・・・・

今日、私は仕事がお休みで家にいた。午前中はお彼岸とやらでお墓に出かけ、そろそろお昼の支度をしようと思っていたところ、玄関のチャイムが。
うちの玄関のドアは網戸がついているが、その網戸の外に知っているはずの女性が立っている。しかし、誰だ? とフリーズしてしまった。
なんと茨城の叔母なのだ。
おもわず「どうしてここにいるの? 茨城は?」とわけの分からない事を口走ってしまった。叔母は当然のように
「こちらまで来たのよ。うちの人も一緒よ」という。
「まさかおじさんの事?」と質問してしまった。

叔父と治療

茨城の叔父が抗がん剤治療を再開したのだが、それと同時に体調も悪化したそうだ。熱が出て入院したり、時々呼吸が苦しくなったりするそうで、聞く限りでは病状が進んでいるだろうと思う。

電話での声は少し元気がないかな、という程度に聞こえるが時々出る咳のため、心配が大きくなる。言ってはいけないことかもしれないが、「辛かったら抗がん剤治療を止めて」と口から出てしまった。
叔父は抗がん剤治療をしないと長生きできないと信じているが、長生きできるかどうかより今の時間を辛くなく過すことを選んで欲しいと思ってしまうのだ。

魂の旅

数日前に、父と父の弟が話をしている夢を見た。話というより父が父の弟を励ましている感じだ。
 
父の弟というのは当然だが私の叔父にあたる。
実は父の兄弟たちは、生前から父を避けるようになっていた。早い話がけんかを売られ、父だけが兄弟から孤立していたのだ。
今もその関係を引きずり、その夢に出てきた叔父とは何年も会っていない。ただ、茨城の叔父だけは中立の立場を取っていて、そのことから私も茨城の叔父とはつきあいを絶つことなく今に至っている。

叔父の最近

叔父は今年に入ったら抗がん剤を再開すると言っていたが、結局いまだにやっていないらしい。
年末に風邪をひき、治って体調が整ったら治療をするんだとも言っていたが、副作用を考えるとその気にならないらしい。

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