鼻ちょうちん

昨日は父の三回忌と祖母の十三回忌だった。お客さんの中には犬を苦手とする人もいるし、毛が洋服につくのを嫌がる人もいるため、こういうときはジュディーとさくらはいつも2階で待たせている。寒がりの2匹のためにストーブをつけ、電気カーペットも電源を入れて寒くないようにしているが、下に下りて皆の仲間に入りたいため階段に置いてある柵のところからしつこくキュンキュンと「ここにいるから仲間に入れて」と要求をする。階段にはストーブをつけていないから寒いはずなのに、こういうときは震う程寒くてもあきらめない。

無事に終わり、殆ど皆さんが帰られた後2匹を1階に下ろした。すると、余程寒かったのかいつまでも震っている。ジュディーはどうしても寒かったようでひざ掛けにもぐりこんだ。

さくらは私に抱っこをしてほしいと要求するのでこのときばかりは震えないようにしっかりと抱っこをしてあげた。私に「あったかいよ。ありがと」とでも言いたげに見上げたその顔に・・・・・鼻ちょうちんが。。。。思い切り笑った。すると「何がおかしいの?」と私の顔をじっと見つめるが本来鼻呼吸の動物であるため、その鼻ちょうちんはちょっと拡大した。余計に笑った。

犬でも寒いと鼻水をたらすことがあるが、鼻ちょうちんは人間でもしばらくお目にかかったことがない。非常に貴重なものをみたのかもしれない。

 

さて、法事のほうだが。

人は大切な人を亡くすとしばらくその人の話題が出る。

生前の癖や、話し方、会話の思い出、等はもちろん「あんなに元気だったのに」というような故人を悼む言葉も出る。しかし、関係が遠くなるほどその悲しみが薄れるのも早く、中には話題にすらしない人もいる。関係が濃くなるとやはり父や祖母の事を話題にし懐かしむが、そこに涙はもうない。

もちろんそういうものだと思うのだが。

しかし、私はこれからも皆が父や祖母を忘れてしまってもいつまでも忘れることなく、父と祖母を悼む気持ちや悲しむ気持ちを持ち続けるだろう。誰かに何時までもしつこいと思われても、花を供え、ご飯を用意し、今までの口調で話しかけ、時々父の悪口を言い、目を閉じて二人の笑顔を思い出していくだろう。

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