目覚まし時計は携帯電話

昨年の初め、新年の抱負は早起きだった。

しかし、意志の弱い私は早起きは習慣にならずで、もっと悪いことに早起きという抱負を忘れてしまう始末だ。

今年の抱負は、決めた事を忘れない・・・がいいと思う。

私の目覚まし時計は2つ。一つは一般的な時計に目覚ましがついたもので、もう一つは父が使っていた携帯を解約しその機械を目覚まし時計として使っている。

父の所有していたものは、仕事のもの意外はほとんど残っている。仕事は「ご苦労様」という意味を込めて最小限にして片付けた。父の部屋の物は生前に処分してもいい、と言っていた古本や雑誌などを片付けたがそれ以外はほとんど残っている。

靴も下駄箱にあるし、洋服もクローゼットにある。

つりの道具は一部を父の友人に使ってもらっているが、それ以外は残してある。あの1本の竿をのぞいては。

その竿とは私が勝手にオークションに出して売ったものだ。あの時何を考えてオークションに出品したのか・・・・・

部屋に竿があると辛かったのだ。病と闘っている最中に茨城の叔父の所へ行き釣りをしたいと言っていた。自分が元気なら鮎つりへ行きたいと一緒に釣具屋へ行き竿を買った。一緒につりに行き釣った鮎をおいしそうに食べた、そんな記憶が辛くて絶えられなく、誰かに使ってもらったほうがいいと思った。

そして、荷物を送った後落札者から「竿が折れていた」と電話があった。鳥肌が立った。かなりしっかりと包装をしたし、パイプを購入して保護も万全だったのにだ。相手の方も「これだけしっかりと保護がしてあったのに折れたのは初めてだ」と驚いた様子で、私をとがめる事はしなかった。

私はありえないことだけれど、父が怒っていると感じた。大切な物を人手に渡すなどどういう神経だ、といわれている気がした。声のない父の怒りは私にどうしようもない苦しみを与えた気がする。数日間は眠れない日が続き、反省を超えて苦しかった。

どうして辛いからという理由で手放そうとしたのか今振り返ると自分の行動が理解できない。しかし、その出来事から私は父の物を大切にするという気持ちになっていった。

毎朝、父の携帯で目を覚まし父の面影を毎朝感じる。

父が「決めたことはきちんとしろ」と言っていた言葉を思い出す。

今はもう父は私に言ってはくれない。

しかし、「父の物、父の言葉を大切にする」と決めたのだから

これからはしっかり守っていきたいと思う。

明日は少し埃のかぶった釣竿を磨こう。

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