5月 2015

ど根性一輪

ふと花が目に留まった。

家の門の土もないコンクリートの割れ目から咲いていたこの一輪の花である。少し前にど根性大根というのがマスコミに取り上げられていた。

≪ウィッキペディアより抜粋≫

「ど根性野菜(どこんじょうやさい)は、通常は畑などで食料として栽培されている大根などの一般的な野菜が突発的かつ非人為的に道路の舗装脇やコンクリートなどの僅かな隙間から自然に生えている現象の通称である。」

まるでど根性一輪とでも言いたくなる花ではないか。

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血は争えない・・・・

母には自信を含めて女兄弟がいる。その叔母の一人、姉に当たるが、時々電話をくれる。急に一人暮らしになった私を心配してくれているのだ。会うことはほとんどないが、どうしているのか気になっていて電話で私の声を聞くと安心するという。

少し前までは、急に亡くなった母を想い泣くことがあると言っていた叔母だが最近では落ち着いてきたようで「仕方なかったと思わないと」と自分を励ますように言う。何せ兄弟の中で一番元気で健康だっただけに悲劇と捉えているようだ。

 

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私の霊界紀行

商品備考: 

ある所でおすすめとされていた本で「一応読んでみるか」と言う程度のノリで目を通してみた本。大体において、幽体離脱を”へぇ~”という程度でしか捉えていなかった。それがなぜか手に取ったのだから不思議だと思うが読んでみたらその中にとても興味深いことが書かれていた。

リアル・・・・

目が覚めたら夢なのか現実なのか区別がつかないほどリアルな夢を見た。

さくらと一緒に布団の中にいて、私がさくらの頭をなぜている。ただそれだけの夢だった。しかし、目が覚めた時にはその手に感覚が残るほどリアルで、一瞬錯覚を起こすほどだった。私はさくらの頭の毛が短いせいもありツルツルしていて触るのが好きだった。忘れかけていたさくらの肌触りや温度を感じたようでなんだか嬉しかった。

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見つめ合う喜び

さくら、ジュディー
さくら、ジュディー

ある日、郵便局へ出かけなくてはいけなかった。そこで散歩をしなくなり運動不足だからと、重い腰を上げて歩くことにした。さくらがいなくなってからはどこを見て歩けばいいのか?と思うほど一人で歩くのが退屈で音楽が私の散歩の友となっている。

 

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あなたの呪縛を解く 霊的儀礼

商品備考: 

動物についての記述は非常に少なく、霊的な世界の事で学べることや、普段の生活でどうしていいか分からなかったことなどの解決策が書かれている本です。護符も添付されてます。

 

その中で動物の部分で参考になったことを少し。

「犬が浄化できずに留まっている家というのは、独特な雰囲気がするものです。犬の臭いがいつまでも消えない、床に爪が当たっているかのような音がすると言う場合はきちんと供養をした方が賢明でしょう。」

どうりで。

朝、目が覚めた時確かに夢を見たけど具体的に思い出せないってことはないだろうか。私の今朝はそれが顕著で、確かに夢を見た。でもはっきりと思い出せない。しばらくなんとか思い出せないかと頑張ったら、ほんの一瞬のシーンを思い出した。

それは、知らない何匹かの犬に囲まれて触りまくっているワンシーンだった。

 

ひまわりと子犬の7日間

<ストーリー>
ある冬の寒い日、母犬と生まれたばかりの子犬が保健所に収容される。
母犬は近寄る人すべてに激しく吠え、懸命に子犬を守ろうとしていた。
一匹でも多くの犬を助けるため、里親探しに奔走する職員の神崎彰司は、母犬の心を開かせようと奮闘する。
彰司の娘は、もう一度太陽の下で生きていけるよう、母犬に「ひまわり」と名付けるが、その願いもむなしく、犬たちの命の期限は刻一刻と近づいていた-。
人間の仕打ちに心を閉ざしてしまった飼い主のいない母子犬と、 彼らを守ると決めた保健所職員が起こした、奇跡の実話。

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静かな日常として描きつつ、人々の心がそこにある感じ。

ベートーベン

<内容紹介>

キュートなセントバーナード犬“ベートーベン”が大活躍!ファミリーに大人気の定番コメディ。

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この映画は随分前に見たのだけれどたまたま見つけてすごく懐かしくなった。このお父さんと似たような経験を私もしたわけで、人の事を笑ってる場合ではなかったが。

人と動物たちが判り合うためには、時間も努力も必要で、お互いが理解しあう関係になると結束して思わぬ力が生まれる。そこからはさまざまな感動が生まれるわけで、それがこの映画の面白さでもある。

 

アニマルコミュニケーション

ジュディー
ジュディー

最近、アニマルコミュニケーションの練習をさせてもらっている。

ペットを飼っている人たちは誰でも知らず知らずのうちに自分の愛するペットたちと会話をしているのだが、もちろん私もそうだったし、だけど具体的に聞きたいことを聞いて回答が得られるというわけではなかった。

でも、やはり聞いてみたいことが沢山あるし、可能であると信じて疑わない私は自分の内なる声に従いアニマルコミュニケーションに向けて学びを続けている。